災害による停電時に、スプリンクラーや屋内消火栓などの消防用設備を動かす非常用発電機。不特定多数が出入りする病院やホテル、商業施設などの特定防火施設において、国は負荷運転による定期点検を義務付けているものの、高額な費用がネックとなり、これまで実施されていない施設も多かった。東日本大震災や熊本地震直後、整備不良で正常稼働しなかった設備もあったことから、近年指導を強化し始めた自治体もある。これをビジネスチャンスととらえ、点検事業に参入する企業も増えてきている。しかし、なかには法律をかざす「脅し営業」や、仕事を斡旋するとして権利金を搾取するという不適切な行為も確認されており、注意が必要だ。
点検のカギを握る負荷運転、ビジネスチャンス到来か
消防用設備を備える延べ面積1,000m2以上の特定防火施設には、自家発電設備などの非常用電源の設置が必要で、その自家発電設備は年に1回、負荷運転による点検を実施し、その点検結果を消防署長に報告しなければならない。負荷運転とは、稼働させるだけでなく、30%以上の出力負荷をかけて、正常に稼働するか否かを見るもの。車にたとえると、ただエンジンをかけるだけでは車庫のなかでアイドリングしている状態で、負荷はゼロ。一方、負荷運転は、車庫から出て坂道を発進させるようなイメージだ。
負荷運転による点検と報告は、消防法により1975年に義務付けられていたが、高額な費用や営業面での制約がネックとなり、敬遠されていた事情がある。負荷運転は、規模によっては数十万円から100万円以上の費用がかかる。また点検時に停電させて、非常用電源から送電を行って運転状況を確認する方法もあり、人の出入りの多い施設は難色を示す。たしかに、非常用電源を稼働させなくてもよい状況が続くのが望ましいことではある。最悪のケースに備えるものではあるが、それに費用をかけるか否かに、施設側の姿勢が表れる。
点検が厳格化された背景には、東日本大震災と熊本地震がある。震災発生時に、発電機が整備不良で動かなかったことが問題となったためだ。建物の耐震化は進んでいるが、非常用電源の点検にまで、社会的風潮が追い付いていないのが現状である。これをビジネスとして捉えると、点検業務の厳格化により、新たなニーズが生まれる。そのため、従来の消防設置業者にとっても、悪い話ではない。しかし、施設側からの「昨日、今日できた法律ではない。なぜ今さらいうのか」という反応も、容易に想像できる。費用を負担する側にとっては、まさに「パンドラの箱」でもあるのだ。
確認された悪質行為に消防庁が厳重注意
「消防庁より(活動の)協力依頼を受けている」――そう記載のある資料を配布し、活動しているのは、非常用発電機の消防点検啓発活動を行う「(一社)日本発電機負荷試験協会(JLA)」(設立:2015年5月、本部:東京都中央区、長坂五郎代表)だ。同協会は、発電機の点検の1つである負荷試験の普及、技術者の養成を掲げ、全国でセミナーを開催しているが、そこで配布されていた資料の内容に疑義が生じていた。
問題は、添付の2つの資料で、いずれも「消防庁から協力依頼を受けている」という点だ。国(消防庁)が特定の民間団体に協力依頼をするとは思えない。さっそく消防庁にこの配布資料を送り、事実確認を求めた。以下が、その回答だ。
回答からも明らかなように、消防庁から同協会への協力依頼はない。同協会の活動を進めるうえでは、たしかに消防庁のお墨付きがあったほうが信頼されるのは間違いないだろう。しかし、事実ではないことを告げて営業活動をしてしまっては、「不実告知にあたる可能性もある」と、ある弁護士はいう。消防庁「誤解与える表現」
JLAについては、さらなる疑惑も浮上している。JLAが3月に東北地方で配布した1枚の案内文書がある。義務付けられた消防用設備が設置されていないなど、重大違反のある建物を公表する「違反対象物公表制度」を告知する内容となっているが、このなかに気になる一文がある。赤字の「これらの消火設備を作動させる非常用発電機も含まれています」という部分だ。
消防庁が公表の対象としている「例示」では、屋内消火栓設備、スプリンクラー設備、自動火災報知設備などであり、非常用発電機は含まれていない。消防庁に確認したところ、「各自治体によって判断は異なるが、消防庁としては非常用発電機の例示はしていない。そのため誤解を与える表現になっている」と回答している。
そもそも、なぜ違反対象物公表制度の告知に対象として含まれていない「非常用発電機」を加えたのか――。案内の下半分には、突如として非常用発電機の負荷試験の案内が続いており、違和感を覚える記載内容だ。
この案内文を見た関係者からは、「(非常用発電機を)点検しないと、公表されるというイメージを与える、脅し商法ではないか」との声も出てきており、JLAまたはその加盟店の営業手法に疑惑が生じている。権利金トラブル、加盟者「仕事が回ってこない」
実際にトラブルに見舞われた、相談者Aさんのケースを紹介しよう。
Aさんは、一連の非常用発電機の点検が厳格化されるずいぶん前から、点検業務を生業としていた。数年前、紹介を受けて知り合ったのは、負荷試験を推進するX協会。協会の説明では、「ある協会と業務提携しているので、年間相当数の点検業務が入ってくる。加盟金を払えば、仕事を斡旋する」というものだった。X協会の話を信じて、Aさんは加盟金として、数百万円を支払い、仕事を待った。
しかし、待てど暮らせど、仕事は回ってこない。不審に思ったAさんは、X協会と某協会の関係を調べた。そこで発覚したのが、業務提携の事実がなかったことだ。Aさんはその真偽をたしかめるためにX協会に直訴。しかし、返ってきた答えは「業務提携を結んでいるといった覚えはない」というものだった。
X協会は法人登記されているものの、その稼働実態は確認できず。加盟金の返還を求めて、法的手続きを取る予定だ。
全国的に非常用電源の点検義務は厳格化されつつあり、今後、点検業務に関する新たなビジネスチャンスが広がると予想される。そこにはさまざまな思惑をもって、群がる怪しい人間がいるのも事実だ。有事の際に、消防設備が動くようにと、真っ当に事業を行っている企業がほとんどだが、1つでも疑念や疑惑があれば、業界全体が疑いの目で見られてしまう。広く一般的に知られている話ではないし、ニッチな業界だけに、正しい情報が少ないのも事実。少ない情報のなかで、いかに正しい情報を見極められるかが、何よりも重要になってくる。
Net IB News
「非常用発電機の点検厳格化、ビジネスチャンスの裏に潜む罠」より引用