災害発生時に停電になった際、エレベーターやスプリンクラーといった設備を動かすために使われる非常用発電機。しかし、大規模な病院や主要な公共施設でさえ義務づけられている点検を怠っており、万が一の際に作動しない可能性がある。その実態を追った。(ライター 河鐘基)

(中略)

 7月3日、大阪・梅田の商業ビルの屋上。炎天下、10人ほどの男性が、非常用発電機に接続された1台の機器を囲んでいた。
 彼らが囲んでいたのは、災害などで停電になった際、発電機がエレベーターやスプリンクラー、消火栓ポンプなどを動かせるかを試す負荷運転の専用試験機だ。この機器の使用法の研修に来た電気工事業者たちが集まっていたのだ。
「ここ1~2年の間に、ようやく負荷運転に対する関心が高まってきました」
(中略)

「このところの災害続きの影響か、顧客や取引先からの問い合わせに加え、ネット検索などウェブ上での関連動向も増えています」(安藤氏)
 延べ床面積が1000平方メートル以上で不特定多数の人が出入りする施設、例えば病院や介護施設、ホテル、百貨店、劇場、博物館などに対しては、非常用発電機を定期的に点検することが法令で定められている。
 それも、ただ非常用発電機を回してみるだけではダメで、外部電源に頼らずエレベーターなどを動かしてみたり、前述した試験機で負荷をかけたりする方法で、非常時に確実に作動するかチェックしなければならない。
 実は、全国の施設に設置された非常用発電機の多くは、こうした適正な点検が行われないままになっており、大規模災害時に、多数の非常用発電機が一斉に故障するリスクがあるといわれている。

 週刊ダイヤモンド2017年3月18日号に掲載された「東日本大震災の教訓はどこへ 作動しない非常用発電機の恐怖」、またダイヤモンド・オンラインに掲載された「非常用発電機が動かない!ずさん点検恐怖の実態」では、そんな実態に警鐘を鳴らし、国会の総務委員会で取り上げられるなど大きな反響を呼んだ。前出の安藤氏も指摘するように、頻発する災害を受けて、一部に関心の高まりも見られる。
 だが残念なことに、その後も日本中の多くの施設において、非常用発電機の防災対策はおざなりなままのようだ。『西日本新聞』は2017年12月3日付の記事で、「福岡市の公共施設の8割が負荷運転について『基準違反』の状態にある」と報じた。
 筆者の手元にも、東京都内の15の主要な公共施設に関する資料があるが、これらに設置された約20台の非常用発電機のうち、法定点検をクリアしているのはたった1台だけ。自治体がこのありさまなのだから、民間施設については推して知るべしだろう。

 また、6月18日の大阪北部を震源とする地震において、国立循環器病研究センター(大阪府吹田市)で非常用発電機が一時的に使えず、停電が発生した。その後、同センターで確認を行ったところ、法令で定める保安検査を少なくとも5年以上実施していなかったことが判明したという。
 ちなみに大阪府内の防災関係者は、「吹田市では2017年8月23日の大規模停電の際にも、市内の病院で非常用発電機の不具合によるエレベーターの停止などが起きた」と明かす。いずれのケースでも、患者らに被害が及ぶ最悪のケースは避けられたが、「間一髪」の状況だったことは間違いない。
 こうした事態を受けて、厚生労働省は6月22日、各都道府県に対し、管内の病院について非常用電源の保安検査実施を指導するよう強く求める通知を出した。しかしこれまでの経緯を振り返れば、この通知一つで、状況が抜本的に改善されるとはにわかに信じ難い。

「病院の経営者で、非常用電源の点検義務について細かく理解している人などほとんどいないんじゃないでしょうか。発電機が非常時に動かないかもしれないなんて、誰も想定していないはずです」

 こう語るのは、大阪府茨木市で「ほうせんか病院」を運営する医療法人成和会の樋口昌克副理事長だ。成和会は、グループの高齢者施設が自治体から災害時の「第2次避難場所」に指定されていることもあり、防災対策を徹底している。
「そうした中で、必然的に負荷運転試験にも対応することになりましたが、私だって専門家から話を聞くまでは知りませんでした。病院は、防災設備の点検を専門業者に丸投げするのが当たり前。国立循環器病研究センターの件は一定の注意喚起にはなったでしょうが、果たしてどれだけの病院が問題を認識できているのか疑問は残ります」(樋口氏)
 病院などの施設に災害への備えを徹底させるのは、一義的には消防の役割だ。ところが、今回の取材で話を聞いた施設オーナーや点検業者からは、「負荷運転をしていなくても、消防から改善を指導されたことはない」との声も多く聞かれた。

 その点、消防庁はどのように認識しているのか。消防庁予防課は取材に対し、次のように回答した。
「負荷運転が行われていないという指摘は以前から挙がっており、2016年12月には都道府県の消防本部に対し、チェックの厳正にするよう通知しました。小さな本部ほど国の動きが浸透しづらいところがあるとは思いますが、基本的にはかなり細かく指導しているはずです。少なくとも、1年とか2年前とは状況はだいぶ変わってきています」
 それでも、法に定められた点検を行わない施設が大量に存在するのは、厳然たる事実だ。消防が指導強化を掲げながらも現状がなかなか改善しないのは、何か特別な事情でもあるのだろうか。
 これについて、あるビル管理会社の幹部は、「消防は法令を作った後になって、負荷運転試験が思ったほど簡単ではないことに気づいたのかもしれません」と指摘し、こう続けた。
「負荷運転試験には、全館停電を伴う『実負荷運転』と、試験機を接続して行う『模擬負荷運転』があります。実負荷は、利用者が24時間いる病院やホテルなどでは実施が難しいし、コンピューターが常時稼働しているような施設からも敬遠される。片や模擬負荷は、従来型の試験機が軽トラックの荷台から降ろすのも大変なほど巨大で、施設への搬入が難しく費用も高額になりがち。だから消防も、施設側に強く指導できずにいるのでしょう」
 もっとも、模擬負荷運転は以前ほど難しくはなくなっているとの指摘もある。
「試験機は、今ではだいぶ小型になっている。搬入が楽で人員も少なくて済むので、模擬負荷運転をより簡単に行えるようになっているんです。また、非常用発電機は負荷運転以外にも、パーツのメンテナンスや交換などの点検項目がたくさんある。それらをパッケージとして請け負えば、コストをかなり低減させられる」(前出のFTGの安藤室長)

 記事冒頭の写真を見てほしい。手前の男性の足元に置かれているスーツケース大のものが、小型の試験機だ。写真を提供してくれたワイズクリーンエネルギー協会の江藤晃一営業部長によれば、「重さは40~50キロほどで、従来型の数分の1。ほとんどの場合、搬入から搬出まで含めて作業は半日もかかりません。『負荷運転試験は大変だ』というのは、もはや過去の常識」なのだという。

 消防庁は今年の6月1日、これまでは1年に1回が義務だった負荷運転試験の期間を、条件つきで6年に延長。また、負荷運転試験の代わりに、内視鏡を使った点検も認めることにした。
 メーカーの説明によれば、ディーゼルエンジンを回して電気を作る非常用発電機は、軽負荷や無負荷で長時間運転を行うと、排気管やマフラーなどの排気系に未燃焼燃料やカーボンがたまる。そのまま使うと故障したり、火災の原因になったりするという。まるで、軽油を満タンにしたまま何年も放置した自動車をいきなり動かそうとするようなものだが、非常用発電機が火災の原因になってはシャレにもならない。
 負荷運転試験の法定期間が6年に延長されたのは、「施設側が守れるような基準にする必要があるということも念頭に置いた」(消防庁予防課)からでもある。
 いずれにせよ、設置から数年、あるいは数十年にもわたり、一度も負荷運転の行われていない発電機が、日本全国に無数に存在しているのが現状なのだ。大規模な地震の続発で「いよいよか」との心配も募る中、この問題の周知徹底が少しでも早く進むことを願う。

週刊ダイヤモンドONLINE
病院の非常用発電機のずさんな点検実態が一向に改善されない理由」より抜粋